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中国とは?/ レイク

[ 391] 中国@2ch掲示板
[引用サイト]  http://academy6.2ch.net/china/

112 名前:名無的発言者 :2008/05/24(土) 15:39:52 黄文雄氏 評論家 凶惨支那の第4世代に攻め込まれたら第二の通州・済南事件だ! 日本であまり取り上げられていない問題に、中国の青少年の凶暴化と精神異常化がある。 もちろんそれらはこの国の教育の結果、あるいは体制の歴史的産物であり、中華思想の害毒がもたらしたものだともいえる。 ことにインターネット世代は、文革時代の紅衛兵の二代目のようなものだ。自己主張の場をかっての壁新聞からインターネットに代えただけの新しい紅衛兵である。 もっとも初代の方はそれなりの使命感、責任感を抱き、集団的で革命志向が強く、国内の走資派、実権派に対して体を張って暴れていた。 だが二代目はまったく無責任にして臆病な連中で、孤独にして陰険、陰湿で、もっぱら海の向こうの日本を攻撃して鬱積した不満を発散しているだけだ。 そしてそれだけに、彼らの主張は辛辣にして凶暴である。
115 名前:名無的発言者 :2008/05/24(土) 15:47:40 �“親�の国策は社会主義政権の「最終防衛」策であり、亡国亡党するまで続く。 ��革命第四世代の国家指導者たちは、すべて反日愛国教育の下で育ち、あるいはその国政を推進してきた「反日愛国戦士」であり、反日はすでにこの国の文化的価値、社会的倫理になっている以上、 いかなる「新思考」でも、この巨流を変えることはできない。 ��「21世紀は中国人の世紀」という幻想は、中華思想を復活、噴出させ、反日行動の激化をもたらす。 �ぢ臙羃斂餌下腟舛汎�本民族主義との衝突は避けられない、といったものである。 こうした私の見方に対して多くの日本人は「中共とうまく行きさえすれば、この国の反日感情は自然消滅し、反日の国策も放棄されると考えるのが常識だ」と反論するかもしれない。 しかし少なくとも胡・温の党体制を見る限り、今の亡国亡党の危機を乗り切るどころか、それを緩和させることすら不可能に近い。ましてや青少年の凶暴さの実態を見れば、この国の行く末はすでに見えている。 だから亡国亡党のときまで「反日」の国策は修正、変更されることはないのである。
621 名前:名無的発言者 :2008/05/24(土) 07:21:37 古典を理解する上で大切な漢文について語学的な重要さを話したい。言葉は感性にかかわるものと、知性にかかわるものとがある。 日本語の構造は明治以降大きく変わり、 その後に現代文になってきたが、現代文を支えてきたものは、古文であり、漢文であった。 そのうち古文の方は日本人の感性の部分を担ってきた面が強かった。だが、感性だけでは言葉は成り立たない。もう一つ論理的な組立が必要で、それを漢文が担った。漢文の書き下ろし文、 すなわち「漢文脈」が明治以降の日本語の論理的展開の骨格を形成していった。 例えば、少なくとも昭和20年以前の公文書はすべて漢文脈だ。当時の裁判所の判決文を見ればよく分かる。法律は論理が第一。その論理をどう伝えるか。それに使われたのが漢文脈だ。 明治、大正期のものを読もうとすれば、漢文の力がないと理解できない。日本語の形成に漢文脈が大きな役割を果たしたことを知っていてほしい。 「論語」の「語」を「ご」と発音するのは呉音で、「ぎょ」と読むのは漢音(かんおん)である。「ろんご」と読むのは一般的ではあるが、かっては漢音は漢文を読むときのオーソドックスな読み方で、 ルールになっていた。また「論」を「ろん」と読む時は「議論をする」を意味し、 「りん」と読むときは「筋道の通ったこと」を意味する。
627 名前:名無的発言者 :2008/05/24(土) 15:16:58 「侵略戦争ではないその理由 日本軍がいたのはシナが外国人を誘致するために設けた共同租界という地区です。租界とは「中国の開港都市で、外国人がその居留地区の行政・警察を管理する組織、およびその地域。 1845年イギリスが上海に創設、一時は八カ国27箇所に及んだ。第二次大戦中に消滅(広辞苑・第4版)」。つまり侵略でも占領でもなく日本企業と日本人を警護するために8カ国のうちの一国として、 シナの了承の下で小規模の軍隊を駐屯させていたのである。そもそも租界地に日本が軍隊を置かなければならなかったのは、シナがその当時は国家としては体をなしておらず、まさに荒蕪の地と言ってもいいくらいで、 香港の例でもわかるように沿岸の主要な港はイギリス、フランスなどの列強各国に完全に抑えられていたという時代背景があった。 日本にとっても上海貿易は欠かせないものでした。長く大阪港が日本で有数の貿易高を上げていて、そのピークは大正14年ですが、大阪港が栄えていたのはすべて上海貿易のおかげです。 日本にとって上海は死活にかかわるマーケットであった。 しかし日本は随分我慢をして、武力でマーケットを保持しょうとしたことは一遍もなかった。しかし列強がことあるごとに貿易の邪魔をするに及んで、『シナと協定を結んで自衛のために出て行かざるをえなかった』ということです。 むろん貿易ですからシナ側の利益にもなったのは当然です。 日華事変は北京の南に流れる蘆溝河に架かる蘆溝橋で日本とシナの軍隊が衝突し、やがてシナ全土に戦線が拡大していくのですが、最初に闇討ちを仕掛けてきたのはシナのほうです。蘆溝橋の近くで日本軍が夜間演習をしていると暗闇から銃撃され、 さては国民党軍が撃ってきたのだと判断し、やがて戦闘が始まってしまった。 ところが撃ってきたのは国民党ではなく、もちろん日本軍でもなく、じつはシナ共産党のスパイであったことが今では定説となっている。共産党員の兵士向けのパンフレットに『蘆溝橋事変はわが優秀なる劉少奇同士の指示によって行われたものである』と自慢した記述があった。
628 名前:名無的発言者 :2008/05/24(土) 15:19:47 狙いは的中したということになりますが、まもなく一週間ほどで国民党軍も日本軍もどうも様子が変なことに気付いて銃撃戦はいったん沈静化し、日本軍は事件不拡大方針をとり現地協定を成立させる。 しかしそれから3週間後に北京東方の通州という町でシナ保安隊によって、残忍きわまりない手口で、日本人居留民約260人が虐殺される事件が起きた。その『通州虐殺事件』は戦後の教科書はもちろん歴史年表にもマスコミ報道にも出てこない。 まるでタブーのようになっているが、本当にあったことです。これで当時の日本の世論は激怒します。 さらに通州虐殺事件に追い討ちをかけるように、蒋介石の国民党軍は、上海周辺に正規軍10個師団を配置して日本に圧力を加えて挑発し、それに応戦したところ、今度は上空から同胞のシナ人、そして日本人、欧米人の区別無く、 無差別に爆撃、空襲をかけるという暴挙にでてきた。
357 名前:名無的発言者 :2008/05/24(土) 01:33:46 事件2. 2003年3月某日 東名高速 覆面パトカー 高速道路で覆面パトカーを意識して走行していますか?私は常に覆面がいるかと見ながら走行しています。最近の覆面パトカーは昔と 違って「フェンダーミラー」や「88ナンバー」と言った特徴はありませんが、下記のことを注意すれば必ずわかると思います。 比較的にサイズの大きな4ドアセダンです。スポーツ系、ワゴン、ステーションワゴン、コンパクトカーは除外です。 ノーマル仕様です。車内外に警察の仕事には関係のないもの(例:ステッカーやぬいぐるみ)があれば除外です。 トランクに必ず無線アンテナが立っています。普通な車も付いているのは多いので、ややこしいんです。 男の二人乗車です。パトカーであっても、警官一人では取り締まりできません。 青い制服を二人とも着ていますし、白いヘルメットをかぶっているときもあります。いちばん確実です。 私はあまり視力がよくないので、特にスピードが出ているときに正直乗っている人が制服を着た男二人かどうかまではよく見えない ことが多いです。遠くから二人乗車の4ドアセダンをマークし、横に並んだときに中の人をチェックし、疑いが残っていれば追い越し た後にバックミラーでこの車が後ろについて来るかどうかを見ます。この最後の抜いた後のチェックはいちばん重要です。法定速度で 走行中の車が抜かれた途端に加速して追い越し車線に移ってついて来る場合は99%覆面ですから、すぐに左へ車線変更して進路を 譲りましょう。ただし、覆面は一度目標にしたてた相手を逃すかどうかのはケースバイケースです。諦めてほかの車を待ち伏せる のはもっとも多いんですが、一度止めて警告するときも、稀には違反を取締るケースもあります。以下の事件2と3はこの取締り された事件です。覆面パトカーは赤い警灯を点滅しながら、違反車と同じスピードで一定以上の距離を追尾できなければ、スピード 違反の検挙はできませんので、このようなケースの取締りを認める必要はありません。 (省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
257 名前:名無的発言者 :2008/05/14(水) 01:50:39 兵士1人が日本刀1本で100人以上斬り殺せるほどの戦闘能力と有り余る予備の日本刀を持ち 中国で家々に火を放ちまくり無駄に虐殺した民間人の死体を一カ所に集めて たっぷりとガソリンをまいて燃やすほど石油資源に余裕があり 当時オランダ領だったインドネシアにも開戦前から日本軍用の慰安婦を送り込むほど先見性があり 日本兵の数を上回るほどの従軍慰安婦を一日に一人あたり何十人も暴行するほど体力と食料があって 各植民地で無駄に現地人を殺してまわるほど武器弾薬が余っていて 320万人もの現地労働者を動員しそのうち100万人が死ぬほどの労働条件でも 反乱を起こさせないほどの統率能力を持ち 国境地帯に計19ヶ所、4700kmにおよぶ要塞および1700kmもの地下要塞を作るほどの労働力を動員し その工事後1万人を生き埋めにしたり、揚子江の川幅を2m以下にしたりするほどの高い土木技術を持ち 沖縄で米軍上陸後も市民に玉砕命令が出せるほど命令系統がしっかりしていて 韓国の優れた建築施設・街・鉄道を全て接収することなく破壊し尽くした上に 新たに日本のダメな建築物に建て替えるほど資材と資財が有り余っていて 当時の朝鮮の人口のおよそ半数近くを日本へピストン輸送するほど燃料と船舶が豊富で わずか70万人の関東軍で戦闘の合間に20万人もの中国人慰安婦を相手にするほど絶倫で 山東省で広島+長崎の核2発分の犠牲者数を超える42万人を殺戮するほどの細菌兵器を保有し (省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
262 名前:名無的発言者 :2008/05/24(土) 15:05:37 蒋介石の"以水代兵"―黄河決壊事件 ※日本軍はこの堤防破壊により一時的には進撃を停止しましたが、すぐに進路を変え、1938年10月26日には武漢三鎮を占領しました。 中国政府による黄河事件の嘘の発表が、外国人ジャーナリストによって暴露されず嘘がばれていなければ、現在の中国政府に事実を歪められ、政治手段として悪用されていたに違いありません。 外交上嘘も一つの手段と言ってしまえばそれまでですが、中国の場合は余りにも酷すぎると思うのです。 基本的に中国人は嘘つき民族です。騙される方が悪いのだとよく中国人は言います。しかし嘘も国家レベルの問題になれば国家の信用にも関わります。 現在の中国共産党は今の政権を手にするため、数千万単位の中国人を殺してきました。その史実を中国国
537 名前:名無的発言者 :2008/05/24(土) 12:46:53 長辻論説委員は「四川省の巨大地震で、発生直後から気になっていることがもうひとつある。中国の宇宙基地と核兵器の製造・研究施設が同省にあることだ。 西昌衛星発射センターや周辺に核ミサイルは配備されていなかったのか。中国政府は核関連施設は無事だったとしていたが、一部の被災を認め始めていた。 大震災からの早期復旧には災害情報の透明化が必要だ。中国政府にそれを期待したい」と結んでいるが、当初から私は警告していたが、一部メディアも既に16日付でそのことに注目し、 共同は「被災地に核研究施設・地震の影響に懸念強まる」との香港発情報を伝えている。香港の軍事研究者によると、相当数の研究者が犠牲になった上、 一部の研究者は混乱にまぎれて国外に脱出を試みているそうで、軍はこれを懸命に阻止している、ともいう。地震復興支援に「剣つき鉄砲」持参で兵士が警備するのは「戒厳令」並みだから、案外事実なのかもしれない。
538 名前:名無的発言者 :2008/05/24(土) 12:48:54 以前、中国国産のAWACS機のテスト中に、墜落して多くの先端技術を受け持つ科学者達が犠牲になり、開発が相当遅れるだろう、といわれているが、今回の地震で核技術者に多数の犠牲が出ているとすれば、 中国政府にとっては大きな痛手だろう。その上、地下に秘匿して建設されているICBMのサイロや、移動式ミサイルの中に被害が出ていれば、それは即刻中国の核戦力の低下であり、米・露との核戦力バランスが崩壊することだから、 国際政治の場での中国の発言力にも影響する。これは中国政府にとっては致命的だから、最高度の機密として絶対に公表しないであろう。 わが政府は、そのような「国際軍事関係」に無関心で、人命救助、被災者治療などの支援に熱心なようだが、救助隊は十分な働きが出来ないまま帰国し、代わって派遣された医療チームも、総合病院での「した働き」を余儀なくされている。
540 名前:名無的発言者 :2008/05/24(土) 12:56:06 長辻論説委員は「中国政府」に透明さを期待したが、軍事最優先の今の中国には、まず“絶対に”あり得ないであろう。現場を中心にした地図を見れば明らかなように、 この地区は、毛沢東がソ連からも米国からも容易く攻撃されない様に選んだのであって、そこに住んでいる原住民の危険性などは歯牙にもかけてはいないのである。 万一サイロが狙われて破壊されても、仮に事故が起きても国家としての被害は極限できるし、周辺の少数民族が絶滅しようがお構いなし、 むしろその方が好都合だと彼らは思っているに違いない。
693 名前:名無的発言者 :2008/05/24(土) 14:19:46 1932年生まれの私の父は、戦争中に日本軍が建てた小学校に入学した。父は自分の体験を幼い私によく話してくれた。日本人の先生にもらった砂糖、お菓子とあめ、毎朝笑っていながらやっていた体操、 日本の昔話を聞かされたこと、日本の民謡を習っていたことなどである。父が抱く「日本人の優しい心」というイメージは未だに変わっていない。私にも「君が代」「桃太郎」「おててつないで」などの歌を教えてくれた。 2年前に96歳でなくなった祖父も、珍しく戦争時代の苦しい話を私には1回も口にせず、日本人の強い精神と愛国心、きちんとした態度、友情を大事にするという話を繰り返した。 残念ながら「日本へ行ってみたい」と言い続けた祖父の夢は一度も実現することはなかった。 1986年にNHKのテレビ小説「おしん」がマレーシア全国で話題となった。小学校4年生だった私まで、おしんの強い精神と美しい心に魅かれた。だから、1989年にマレーカレッジに入学したとき、 迷わず日本語を第二外国語として選択した。当時の日本語の教師は日本から来た青年海外協力隊員の方々で、初日の授業を受けたとき、父と祖父が語った「日本人の優しい心」を実際に味わうことができた。
203 名前:名無的発言者 :2008/05/09(金) 02:05:36 中国人留学生による福岡一家4人惨殺事件の実像 あまりにも残酷なので、報道では伏せられている。 一人が最初にフロ場の奥さんをレイプ。 他の二人が室内を物色中に長男を見つけて、即頚椎を折って殺害。奥さんは風呂場の中で息が あったんだけど、ダンナが帰ってくるまで暇つぶしに拷問した。その時、カード等の暗礁番号も聞いていた。 中国マフィアでは憎い相手の肉をこそぎ落とす、凌遅刑と呼ばれる拷問をするらしい。彼らがマフィアだとは思わないが、 順番に肉をこそぎ取って、そのとき死んだら殺したやつに罰があるという賭けをしていた。血が流れるので 風呂場で拷問していたようだ。 奥さんを最後に殺してしまったヤツが、ひなちゃんを頃す役になった。幼い女の子を頃すのはさすがに嫌だったのだ。 中国人留学生達の僅かな良心が見えるが、地獄であることに変わりは無い。しかし、地獄はこれで終わらない。 帰ってきた、ダンナさんの前で子供を盾に金を出せと脅した。なかなか金の在りかを言わないのにイライラした中国人留学生達は、 目の前でヒナちゃんを絞殺。だんなさんの、俺は死んでもいいから、ひなだけは助けてくれ、という必死の嘆願は無視した。 彼らは子供は殺して脅す方が効果的と考えたようだ。日本では、自分より、子供を優先するというのを分かっていなかったのかもしれない。 (省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

 

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